生成AIで一変したサーチの世界

 

2022年11月のOpenAIによる生成AI、ChatGPTの出現は、それからの2年半、世の中を大きく変えてきている。ChatGPTは、発表された当初から大きな話題になったが、その一方で、この大騒ぎは本物か、という疑問を持つ人も、少なからずいた。それに対し、私は生成AIを中心とする今回の変革は、インターネットがそうであったように「本物」だということを、このコラムや日本での講演などで話してきた。いまや、これが本物であり、この大きな変革にいかに早くついていき、そこに新たな機会をみつけられるかどうかは、各企業、そして個人にとって、大きな問題となっており、それを疑う人は、もういないだろう。

 

30年前のインターネットの出現は、それまでの既存企業のビジネスのやり方、ビジネスモデルの変革を促し、それに遅れた企業はインターネットを早くから大きなビジネス機会ととらえた新興企業にとって代わられた。また、新興企業は、それまでになかったような新しいサービス、新しいビジネスを次々と生み出してきた。Googleは新しいインターネットの世界で、サーチというビジネスを生み、一挙に巨大企業にのし上がった。Facebook(現Meta)は、SNSという新しい領域を切り開き、これまた巨大企業になっている。Amazonは、eコマースという領域にいち早く出て行き、それまでの既存小売ビジネスにディスラプションを起こし、小売業の巨大企業となった。

 

インターネットの出現で起こったことと同じようなディスラプションが、今回の生成AIで起こり始めている。今度は、インターネットで巨大企業にまで上りつめた企業が、ディスラプションされる側になる可能性を十分秘めている。たくさんのところで、大きな変革が起こっているが、その中の一つ、サーチの世界について、今回は見てみたい。

 

生成AIが発表される以前は、インターネット上で情報を見つけるのに、キーワードを入力し、サーチを行うことが、ほとんどの人が行ってきたことだ。いま、皆さんはインターネット上で情報を探すとき、どのようにしているだろうか。いまもキーワードを入れて、サーチを行う人もいるだろうが、生成AIに自然な会話をする形で質問し、回答をもらう、という人のほうが、むしろ多いのではないだろうか。私も数ヶ月前から、そのようになっている。

 

ChatGPTが発表された当初から、いろいろな質問を投げかければ、それに対して返事をくれたが、当初はその結果の信ぴょう性を疑う必要が大いにあった。それは、質問に対して答を出すための情報のデータベースの内容が古かったり、また、どこのどんな情報を元に答を出してきたかが、わからなかったからだ。実際、間違った答を、さも正しいように回答してくる場面も、少なくなかった。

 

それが、ChatGPTでは2024年10月から、質問に対する答を出すために使ったWebsiteの情報を提供してくれるようになり、回答の信ぴょう性が格段に向上した。もらった答に疑問があれば、そこに示されたWebsiteに行き、自分でさらに詳しく調べることもできる。サーチをするためのキーワードを自分で考える必要もなくなった。当初は有料サービスを契約している人だけに提供されていたこのサービスは、今年2月から無料ユーザーを含むすべてのユーザーに提供されている。

 

何か疑問に対して答を探すとき、サーチから始めると、まずどんなキーワードでサーチするか考える。そして、サーチして出てきたWebsiteの情報をもとに、その中身を読み、それらの結果をまとめて、ようやく必要な回答にたどり着く。これに対し、生成AIに質問を自然言語で投げかけると、生成AIが必要なキーワードでサーチをかけ、その結果でてきたWebsiteの情報を読み取り、それらをまとめて、結果を出してくれる。その間わずか数秒。生産性の大幅向上は、明らかだ。これで、一般ユーザーの間でも、キーワードでのサーチによる情報収集から、生成AIを使って質問をする形に切り替えた人が、急激に増えてきているものと思われる。

 

最初に書いたように、Googleはサーチ・ビジネスで巨大になった会社だ。現在でもサーチ市場の約90%を、Googleは握っている。そして、Googleの収入の75%は広告収入。そして、その多くはサーチ関連の広告収入だ。インターネットの登場で巨大企業となったGoogleが、今度はOpenAIなどの生成AI会社に、ディスラプションされようとしているのだ。もちろんGoogleも手をこまねいているわけではない。そもそもGoogleは、生成AI出現の前までは、Deep Learning(深層学習)など、AI分野でトップを走っていたはずだ。

 

まずGoogleが行ったのは、ChatGPTと同じようなチャットボット、Bardの提供だ。これは2023年3月に発表されたが、そのときのデモでの不手際などもあり、ChatGPTに対抗して急遽発表した、という印象だった。その後、Bardは改良され、2024年2月に名前もGeminiとなり、現在に至っている。また、これまでのGoogleのサーチ・サービスについては、サーチ結果にサマリーを提供するAI Overviewsと言うサービスを、2024年5月から提供している。そして、この5月20日、Googleの開発者向けイベントGoogle I/Oで、新たにAI Modeが発表された。これは、サーチをキーワードではなく、自然な言葉で質問し、自然な文章で返事がもらえるもので、当面は米国で英語のみだが、使用可能となった。

 

実は、このGoogle I/OでのAI Mode発表前、Alphabet(Googleの親会社)の株価が、一気に7%下落することが起こった。それは、Appleの幹部の一人が、AppleのブラウザーSafari経由のサーチの数が、この20年で初めて減少した、と公表したからだ。その後は、AI Modeの発表もあり、Alphabetの株価はとりあえず回復しているが、今後サーチ・ビジネスがどうなるか、また、これまでと同じようなキーワードをベースにした広告表示による広告収入がどうなっていくか。Googleのサーチ・ビジネスのこれからは、まだ油断できない状況だ。

 

サーチ・ビジネスが危険にさらされたのは、実は今回が初めてではない。AppleがSiriを発表したとき、今回と同じようなことが起こるのではないかと思われた。それは、サーチをせずに、Siriに自然な言葉で何か質問し、それで答が得られれば、それで十分なはずだからだ。当初のSiriは、まだよちよち歩きで、いまの生成AIのようにどんな質問に対しても、答を出してくれるようなことはなかったが、それでも、これをうまく進化させれば、いまの生成AIによるチャットボットに匹敵するようなものに進化したかもしれない。

 

Siriを買収することにした、当時Apple CEOのSteve Jobsは、そのような未来を見据えてSiriを買収したと思われる。ところがJobsはその後、膵臓癌に侵され、命を失ってしまった。そして、AppleにはSiriの真の力を理解し、それを発展させることができる人が、残念ながらいなかったようだ。Appleは、いまになって、ようやくSiriをそのような形のものにしようとしているようだが、今年予定していたその発表は、先に延期される見込みと言われており、AppleのAIでの遅れは、しばらく続きそうだ。Siriは、もともと私が以前働いていたSRI Internationalからスピンアウトした会社で、私の友人のAdam Cheyerが技術のトップを担っていたが、Jobsがその将来性をよく理解していたにもかかわらず、Jobsの死後、Siriの本質を理解できる人がAppleにいなかったことを、とても残念がっていた。

 

Siriのときは、AppleがうまくSiriを進化させられなかったおかげで、Googleのサーチ・ビジネスに危機が襲うことはなかった。しかし、今回の生成AIは、もはや、そうはいかない。Googleも、自らを作り上げたサーチ・ビジネスのビジネスモデルを大きく変革しないと、大変なことになる。新しく発表したAI ModeでOpenAIのChatGPTの優位を崩せるか。また、これまでのサーチ・ビジネスで培ったものとは異なるビジネスモデルで、この先も進化を続けられるか。サーチ・ビジネスの、そしてGoogleのこの先から、目が離せない。

 

黒田 豊

2025年6月

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