30周年を迎えたシリコンバレー通信

 

シリコンバレー通信を書き始めたのは1995年9月。今月号でちょうど30年を迎える。きっかけは、インターネットの始まり、そしてその急激な広がりを見て、「インターネット・ワールド」(丸善、1995年)を出版したことだ。その当時、私が働いていたのは、米国カリフォルニア州シリコンバレーのSRI Internationalという会社だ。もともとStanford大学の付属機関として1946年に設立されたこの会社は、米国政府や一部民間企業からの委託研究を中心に活動している、当時約3000人ほどの会社だ。その一部にビジネス・コンサルティングを行う部門があり、私はそこに所属していた。

 

この会社のことを知る人は少ないかもしれないが、実はインターネットの初めての接続実験は、SRIとUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)の間で行われた、インターネットにとって縁の深い会社だ。また、コンピューターのマウスと、それを使ったGraphical User Interface (GUI)を開発し、パテントを持っていたのもSRIだ。そのようなご縁から、インターネットが世の中に広がり始めたとき、本を書いてみようと思ったのがはじまりだ。そして、このシリコンバレー通信というコラムは、この本を読んでくれた日本のある方が始めた、インターネット上の雑誌のようなものに、記事を書くよう頼まれたのが始まりだ。残念ながらそのインターネット雑誌は廃刊になってしまったが、その後、シリコンバレー通信を個人サイトを立ち上げて継続し、現在にいたっている。

 

実は、1995年当時、日本では、その前に大きな話題となっていた「マルチメディア」、それに続く「インターネット」の話題は通り過ぎ、CALS(Computer-aided Acquisition and Logistics Support)というものに話題が移っていた。CALSは米国政府(主に国防総省)がいろいろなものを調達するときに、電子的なやりとりをする標準を決めるものだったが、なぜか日本では大手新聞を含め、CALSの記事でにぎわい、インターネットの話題は、どこかに消えてしまっていた。 いまはCALSという言葉を知る人は、ほとんどいないだろうが、そのときの日本は、インターネット・ブームは、もう終わり、今度はCALSという感じの状況だった。私のよく知っていた、当時の大手IT企業の役員の方も、「もうインターネットは終わったね」などという始末で、私は大きなショックを受けていた。

 

米国でも、マルチメディアという言葉の流行から、インターネットに話題は移っていたが、一般にCALSの話がでてくることは、ほとんどなかった。そして、インターネットがこれから世の中を大きく変える可能性について、多くが語られていた。この日米の大きな状況の違いを見て、私は大変不安になった。日本の人達は、日本で報道されているメディアの言うことを信じ、その結果、実際に米国で起こっていることを見ていない。そして、インターネットの重要性も、理解されていない。これでは、日本の今後に大きな不安があると、強く感じた。そのため、1995年9月の最初の記事のタイトルは「マルチメディア、インターネット、そしてCALS」として、このことを書いた。

 

その当時に比べれば、インターネットの利用は当たり前の時代となり、米国の状況についても、その気になってしっかり調べれば、日本にいて、現状を誤解することは少ないかもしれない。しかし、それでも誤解が生じる可能性は、十分ある。日本のメディアが事実に反することを言っている、という話ではないが、日本で報道されることのみを見て物事を判断すると、事実の一部のみが報道されている可能性があり、間違った全体像を見ることになる可能性がある。また、読者や視聴者の注意を引くために、あることを大げさに言ったりする人もいるので、こちらも間違った全体像を思い描かせてしまう可能性がある。特に最近は、SNSによる情報などで、そのような形で特定な一部情報、時には間違った情報を発信する人もいるので、要注意だ。

 

そのため、このシリコンバレー通信では、私が実際に見たもの、触れたものをベースに、その内容を誇張などせず、自分なりの考えを入れて書いている。もちろん私がすべての情報をつかんでいるわけでないが、極力信頼できる情報源をもとに、このコラム記事を書くようにしている。1995年10月には「インターネット・ブームは本物か」というタイトルで記事を書き、その中で「私は今回のインターネット・ブームは間違いなく本物であると考えている」と書いている。1996年8月には「インターネットは単なるブーム ではなく、もはや本流である」と明言している。米国にいると、そんなことは皆わかっている、という感じだったが、当時の日本では、インターネットを一時的なブームと思っていた人が、かなり多かったように思う。

 

その後、この30年でシリコンバレーで起こっていること、また日本企業として、それにどう対応すべきか等について書いてきた。インターネットについては、その後もたくさん書いてきたし、大手IT企業5社のGAFAM(Google、Apple、Facebook(現Meta)、Amazon、Microsoft)についてもいろいろ書いてきた。比較的最近では、Magnificent 7と言われるようになって、GAFAMに加えて有力企業となったNvidiaやTeslaについても書いている。また、スタートアップ企業の多いシリコンバレーなので、スタートアップ業界についても、いろいろと書いてきた。

 

そして、10年ほど前からAIについての記事が登場し、2022年11月のChatGPT登場から、生成AIを含むAIの話題がたくさん出てくる。シリコンバレー通信では、できるだけいろいろなことについて書くようにしているが、それでもその時のホットな話題については、どうしても多くなってしまう。これまでの記事のタイトルを見るだけでも、IT分野での世の中の流れが見えてくる。その中には、一過性のブームで終わるものもあるし、世の中の主流となり、世の中を大きく変革するものもある。

 

この30年で本物と思われるものは大きく2つ。ひとつはインターネットと、そこに接続されるモバイル端末の作った、いつでもどこでもサービスを受けられる世界で、まだこれからも広がる可能性が十分ある市場だ。そしてもう一つは、AIが起こす世の中の大きな変革だ。AIによる変革は、まだ始まったばかりで、どこまで行くかわらなない。期待もあり、不安もある。AIによって仕事がなくなることを心配する人もいるが、本当になくなる仕事は、それほど多くないように思う。ただ、その職業につける人の数は減る可能性があるし、仕事のやり方も変わって来る。ある人が「弁護士という職業はなくならないが、AIを使わない弁護士は淘汰される」と言っていた。これは、弁護士に限らず、多くの職業に言えることだと思う。AIをいかに活用し、仕事のやり方を進化させられるかは、個人、企業、そして国にとっての大きな課題だ。

 

30年続けてきたシリコンバレー通信。いつまで続けられるかわからないが、私の目に見えた米国、シリコンバレー、そしてIT業界やスタートアップ業界について、これからも書き続けていきたいと思っている。読んでいただいている皆さまには、引き続きよろしくお願いいたします。

 

黒田 豊

2025年9月

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