対照的だったGoogleとAppleの開発者向けイベント
毎年恒例のGoogleとAppleの開発者向けイベントが、この5月と6月に実施された。2022年のOpenAIによるChatGPT発表以降、世の中はAI、特に生成AI一辺倒と言えるほどの状況で、GoogleとAppleがどのような発表を行うかが注目された。まず5月に行われたのが、Googleの開発者向けイベントGoogle IO。2時間弱のキーノート・スピーチで、AIという単語が使われたのが98回。さらにGoogleの生成AIのキーコンポーネントのGeminiという言葉は、118回使われた。キーノート・スピーチ全体も、ほとんどすべてがGeminiを含む生成AIの話だったと言える。
先月のシリコンバレー通信で書いたように、これまでのGoogleの屋台骨だったサーチ・ビジネスが、生成AIのチャットボットに取って代わられようとしている現在、次に来る生成AIの世界でも、トップ企業として生き続けるために、生成AIが今回の開発者向けイベントの中心であることは、明確だ。まず、これまでのビジネスがサーチを主軸にしていたことから、サーチを進化させ、サーチ結果のサマリーを文章で答えてくれるAI Overviewについての話があり、その利用者は毎月15億を超えるという。
また、それよりさらに進化した、サーチのAI Modeという、ChatGPTやGoogleのGeminiのチャットボットのような使い方で、長い文章でサーチができるオプションを準備し、まず米国から提供を始めている。これはおそらく、これまでのサーチの形態を維持することにより、他社に代わられてしまうことを防止し、かつこれまでのビジネスモデルと類似した形を、維持しようとしているためではないかと推察される。
そしてさらに、「研究開発していたものが、現実に」というテーマで、3つの研究開発プロジェクトを紹介し、それぞれ、いよいよ実際に使われるところまできたと述べている。その中核にあるのがGemini。Googleは、自社の生成AIのモデル名として、またそれを使ったチャットボットの名前としても、Geminiという名前を使っている。2時間弱のキーノート・スピ―チでも118回使われていた言葉だ。キーノート・スピ―チで紹介された、たくさんのものの詳細については、ここでは省略するが、ともかく生成AI一辺倒の開発者向けイベントだったというのが印象だ。
さて、対するAppleは、どうだったか。開発者向けイベントのApple WWDCの、最初の部分で昨年発表し、いろいろな関連ツールを発表したApple Intelligenceについて語られたが、その時間は、1時間32分のキーノート・スピーチ中、わずか3分あまり。その後はiOS、watchOS、macOSなど、各種ソフトウェアの機能拡張についての話がほとんどで、その中にApple Intelligenceが組み込まれているという類の話は出ていたが、それを含めても、Apple Intelligenceという言葉が使われたのは、キーノート・スピーチ全体でわずか15回。Googleとの差は歴然だ。
そして、メディアなど関係各社が注目していた、ソフトウェア・エージェントであるSiriの新バージョンについては、新たな発表はなく、めざしている、よりパーソナライズされたSiriを十分信頼性の高いものにするには、もう少し時間がかかり、来年以降になるという話だけで終わってしまった。そのため、このキーノート・スピーチ後の評判は、そこで発表されたいろいろなOSに対する新たな機能よりも、「発表されなかったもの」に注目が集中してしまった。AppleのAIにおける遅れは、誰の目にも明らかになったのが、今回の開発者向けイベントだった。
Siriについては、以前もこのコラムで書いたことがあるが、もともとは私が勤務していたSRI Internationalの私の友人でもあるAdam Cheyerを中心としたグループが開発したものだ。そして、SRIからスピンアウトし、Siriという会社を設立し、Apple iPhoneのアプリとして発表したものを、当時Apple CEOだったSteve Jobsがどこかで見つけ、Siriに声をかけて、その後2010年4月に買収したものだ。当時、Siriはソフトウェア・エージェントとして、まだ技術的にはよちよち歩きではあったが、Adam Cheyerが「少なくとも他社より2年以上は先を行っている」と、自信をもって話していたのを、よく覚えている。
しかし、Siriを見出したSteve Jobsは、すい臓がんを患い、2011年10月5日、この世を去ってしまった。その後もAppleはSiriをさらに発展させ、市場での優位を保てる立場だったが、残念ながらSteve JobsのようにSiriの将来性を見出せる人材が、Appleにはいなかったようだ。そして、気がつけばAmazonがAlexaを、GoogleがGoogle AssistantというSiri類似の製品を発表し、Siriが足踏みしている中、機能的にもSiriを追い抜くものになってしまった。
そして今度はOpenAIによるChatGPTの発表、それに続くGoogleのGemini(最初の発表時の名前はBard)など、生成AI技術を使ったものが登場。Siriの影は、どんどん薄くなってきていた。それを今年の開発者向けイベントで、追いつき、追い越すのようなものが出てくるのではないか、というのが、Appleファンを中心に、たくさんの人達の期待だった。しかし、残念ながら、その期待は、少なくとも現時点では、かなわぬものとなってしまった。よりパーソナルなSiriの登場が来年以降になるとすると、GoogleやOpenAI、さらに多くの企業がしのぎを削る生成AI、チャットボット、そしてAIエージェントの世界で、人々はAppleを待てるのだろうか、という大きな疑問がわいてくる。
そもそもAppleは、他社に遅れてでも世の中が「おっ」と思うようなSiriの新バージョンを出してくるのだろうか、という疑問も出てくる。今回の開発者向けイベントを見ると、Appleは独自のAI技術はあきらめ、他社のAI技術を使いながら、それを使った便利なツールを、既存のiPhoneなどの製品に組み込んでいく、ということに主眼を置くようにも見える。それはそれで、決して悪い戦略とは言えないが、もともと他社より2年先を行っていたSiriをもつAppleが、そのような方向に進むとすると、少々寂しい気もする。本当にそうなってしまうのか、はたまた時間をかけてでも、よりプライバシーやセキュリティなどで他社を抜くようないいものを、Apple独自に出してくるのか。この先のApple、そして新しいSiriの発表に注目したい。
黒田 豊
2025年7月
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