生成AIで、がらりと変わるソフトウェア開発
今年に入り、米国株式相場に大きな異変が起こった。AIの急速な発展により、「SaaSは死んだ」という話が広がり、ソフトウェア関連企業株が、大きく売られた。SaaSとはSoftware as a Serviceの略で、顧客管理やサプライチェーン管理をはじめ、多くのビジネスで利用されるアプリケーションを、ウェブ経由で提供するものだ。すでに日本でもこのことは、大きな話題となっている。ただ、今回のコラムで書くのは、その話ではない。それに関連はしているが、それとは異なる問題、ソフトウェア開発そのものが、生成AIで大きく変わる、という話だ。こちらについては、まだ日本では大きく取り上げられていないように思う。
ちなみに、本題であるソフトウェア開発の問題に入る前に、「SaaSの死」に関する私の意見を述べておくと、現実的には、まだそのような話は起こっておらず、近々に起こるとも思えない。それは、SaaSの利用は、複雑に企業内のシステム、データ、プロセスなどに深く入り込んでおり、それを捨ててすべてを生成AIで行うということは、簡単には出来ないからだ。
ただし、SaaSビジネスが、いくつかの点で大きく変わることは、十分予想される。一つは、ある企業のSaaSを利用するとき、そのソフトウェア独自の使い方を学ぶ必要がなくなり、生成AIを使って、普通の言葉で必要な情報を検索したり、分析したりできるようになること。そのため、特定のSaaSを使うための専門知識は、ほとんどいらなくなる可能性がある。もう一つは、現在多くのSaaS企業が採用している、一利用者あたりいくら、という課金方法のビジネスモデルが、成立しなくなることだ。既存のSaaS企業が、これらにうまく対応すれば、そう簡単に死ぬことはない。しかし、もし対応しそこなえば、競合に負け、市場から退場することになる。
さて、話を本題のソフトウェア開発に戻そう。生成AIが世の中に出てきて3年余り。当初はChatGPTなどのチャットボットが中心で、質問に対する答が間違っていることも頻繁にあり、本格的に使えるまでには、少し時間が掛かりそうという感じもあったが、その後の急速な発展は目を見張るものがある。チャットボットからの回答の精度が大きく向上しただけでなく、あらゆる分野で、生成AIが実際に使われるようになってきた。中でも大きく注目されているのが、ソフトウェア開発への活用だ。
ソフトウェア・エンジニアに、ソフトウェア開発に特化した生成AIが多く利用され、その開発効率向上に大きく貢献している。これはいまでも続いており、ソフトウェア・エンジニアや、ソフトウェア開発をビジネスとする会社にとって、生成AIによる効率向上は、必須のものとなっている。いわゆるVibe Codingという、生成AIを使ったソフトウェア開発だ。そのようなことが起こり始めてから、まだ3年弱だが、すでに生成AIの進化はすさまじく、ここで止まっていない。生成AIは、数ヶ月に一度の頻度で、新しいバージョンが登場するが、毎回の進歩の度合いが飛躍的で、1年前、半年前のものすら、遠い昔のもののように感じられる状況だ。特に、もともとソフトウェアのコーディングに強い生成AIを持つAnthropicが、昨年11月末に発表したClaude の新しいモデルが、ソフトウェア・エンジニアに、大きく注目されている。
そしてさらに、今度はソフトウェア開発に、プログラミング技術を持たない人が関わるようになってきた。そのうちの一つの動きは、マイクロアプリ(micro apps)だ。ソフトウェアのプログラミング経験のない人は、これまで、何か使い易いアプリをアプリ・ショップなどで見つけ、それにお金を支払って使うということが中心だった。これに対し、マイクロアプリは、一般の人が生成AIによって、自分で使いやすいアプリを作ってしまう、という動きだ。特に生成AI企業のAnthropicのClaude Code、さらにそれを一般ユーザーに使いやすくした、今年1月に発表されたClaude Coworkが、ソフトウェア開発経験のない人達に、使いやすいツールとして重宝されている。それを使い、自分たち、あるいは自分の仲間だけで使う簡単なアプリを作り始めたのだ。
しかし、これだけでは止まらない。最近話題となっているのは、上級ソフトウェア・エンジニアが、ソフトウェアをコーディングせず、システムを開発し始めているという話だ。たとえば、音楽配信で有名なSpotifyの上級ソフトウェア・エンジニアは、昨年12月から、一行のソフトウェアのコーディングもしていないという。代わりに行っているのは、ソフトウェア開発の詳細指示を生成AIに伝え、ソフトウェアを開発する、というものだ。そもそも、最新のClaude Coworkを発表したAnthropic自身、Cowork開発の大部分は、自社のClaude Codeによるもので、わずか10日ほどで完成したと述べている。
ソフトウェア開発専用生成AIツールを提供するLovableでは、社内でVibe Codingだけで給料を得ている、フルタイムの社員が出てきているという。そして、彼はソフトウェア開発の経験が全くない人だ。彼によると、Vibe Codingには、ソフトウェア開発経験者よりも、むしろ自分のような、未経験者のほうが、いいものが作れるという。その理由は、ある課題に対するソリューションを提供するソフトウェアを開発しようとするとき、ソフトウェア開発の経験豊富な人に頼むと、ソフトウェア開発時の課題を多く知っているため、その開発は難しいと考えてしまう場合がある。
一方、ソフトウェア開発経験のない人は、その課題を解決するソフトウェア開発が難しいかなど考えず、ともかく生成AIにその開発を依頼する。すると、生成AIは、その依頼にそってソフトウェアを開発してしまう、というのだ。確かに言われてみると、ソフトウェア開発の難しさを色々知っていると、開発する前に、その課題解決は困難という結論を出してしまう場合があるということは、昔、ソフトウェア開発を多少経験したことのある自分で考えても、納得のできる話だ。
ただし、課題解決のためにソフトウェア開発を生成AIに依頼する場合、どのようにして、その内容を詳細かつ正確に生成AIに知らせるかは、とても重要なことだ。これができないと、いつまでたっても、望むようなソフトウェアは開発されない。つまり、システム開発における課題解決のための、概要設計並びに詳細設計などの上流工程は、極めて重要なものとなる、ということだ。
つい1-2年前から、簡単なソフトウェア開発は生成AIでできてしまうので、与えられた仕様にそって、ソフトウェアをプログラミングするジュニア・ソフトウェア・エンジニアは、不要になってくるだろうと言われてきた。そのときの私の心配は、ジュニア・ソフトウェア・エンジニアを経験せず、難しい高度なプログラミングを担当できるシニア・ソフトウェア・エンジニアを育成できるだろうか、ということだった。しかし、このLovableの人のように、プログラミング経験のない人でも、システムの詳細仕様を生成AIに伝えることによって、システム開発が出来てくるのであれば、もはや私の心配は不要ということになる。
このように、ソフトウェア開発のやり方が、ドラスティックに変わってきている。これまでのプログラミング技術を持つことは、もはや重要ではなくなってきた。しかし、生成AIにいかにうまく、希望するシステム仕様を伝えることができるか、という新たな技術が必要になってきている。現在、ソフトウェア開発をビジネスとしている会社は、この変革に早急に対応する必要がある。うまく対応すれば、まだシステム開発ビジネスは、存続することが可能だろう。ただし、お客様企業が、それなら自分たちで出来る、と思い始めたら、ビジネスは難しくなるかもしれない。
日本では、ソフトウェア技術者が足りないと言って、数年前からプログラミングを小学校の授業に取り入れ始めている。そのときから、私が言っていたのは、日本に必要なのは、たくさんのプログラマーではなく、企業や社会の課題を見出し、それを解決するために、いかにITを活用するかを考えられる人だと言ってきた。それは、プログラミング自体は、ソフトウェア・エンジニアを多数かかえる、例えばインドなどに発注することも可能だからだ。
しかし、生成AIがここまでプログラミングをやってくれるという時代が、あっという間に到来した。 インドなどに発注するのではなく、生成AIを使えは、そのままソフトウェアが開発され、課題解決が進む時代に突入した。今回のこのコラム記事を読み返してみると、この分野の動向をあまり知らない人から見ると、一見大げさに書いているように見えるかもしれない。しかし、これは実際に起こっていることだ。私は、これまでもこのコラムで、いろいろなことについて、実際に起こっていることを、大げさにではなく、見たとおりの事実を、そのまま書いてきた。今回も、それに変わりはない。
このように、大きく変わってきたソフトウェア開発の現実。日本にとって、どのような影響があるか。細かい作業が得意なのが日本人だ。生成AIに詳細なシステム仕様を、うまく伝えるのも、得意なのではないだろうか。ただ、日本人がもう一つ頼り勝ちな「阿吽の呼吸」は、生成AIには通用しないので、その点は注意が必要だ。生成AIを使って、ソフトウェア技術者が足りないと言われてきた日本が、大きく挽回できるチャンスが訪れているように思う。
黒田 豊
2026年3月
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